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1年の時を待つ「聖火」

前回の東京五輪で沖縄で随走した豊橋の當眞さん

 1964(昭和39)年9月7日、台風のため1日遅れで聖火が米国の統治下にあった沖縄に到着した。豊鉄タクシー(豊橋市)のタクシー運転手當眞清嗣さん(70)=豊橋市多米東町=は、胸元に日の丸が入ったユニフォームを着て、聖火ランナーの随走者の一人として約3・6㌔を駆け抜けた。「日本でもアメリカでもない中途半端な状態の中で、祖国復帰への道が開けた気がした」。7日、市内を巡る予定だった聖火リレーは、新型コロナウイルス感染症の世界的流行で延期となった。56年前に平和のシンボルとして沖縄県民を照らした灯火(ともしび)は、東日本大震災の被災地でスタートの時を待つ。

 「随走者として走ることよりも、日の丸を胸に付けることの方が感慨深かった。今、思い出しても涙が出てきます」と當眞さんは目を潤ませる。那覇を出発した聖火は、沖縄南部を経由して島の東側を北上。64年9月9日午前9時40分、島の北部に位置する羽地村(現・名護市)を出発した一団に、俊足を買われた当時中学3年生の當眞さんの姿があった。聖火を持つ正走者の後方、随走者として海辺の松並木、舗装されていない道路を走った。  戦後、本土は目覚ましい復興を遂げた一方で、日本で唯一、地上戦があった沖縄は米軍が基地建設を進めてきた。ベトナム戦争が本格化する前から、當眞さんが通う2階建て校舎の上を、基地を離陸した米軍ヘリが頻繁に旋回、その音で何度も授業が中断した。「戦争が終わっても、戦地のようだった。米軍基地があるというだけで戦場になるかもしれないという不安もあった」と當眞さん。  重苦しい米軍支配下では、自由に日の丸を掲揚することは禁じられていた。自動車は右側通行で、通貨はドル。隣の鹿児島県へ行くにもパスポートが必要な時代だった。日本の一員として東京五輪の感動を分かち合いたいと、多くの県民が願った沖縄での聖火リレーが実現したことで當眞さんは「現実は甘いものではないと思ってはいたが、この状況から脱却できるかもしれないと子ども心に期待していた」という。  正副走者、随走者合わせて3473名が沖縄本島247・1㌔を駆け抜け、歓喜に沸いた5日間が幕を閉じた。東京大会から8年後の72年、沖縄は本土復帰を果たした。  當眞さんは高校卒業後、集団就職で名古屋市へ。その手には、まだパスポートが握られていた。児童教育図書の営業などを経て、タクシー運転手となり、この道25年のベテランドライバーとして豊橋を走り回る。3男2女をもうけ、5人の孫にも恵まれた。胸にはかつての故郷への思いが宿る。「現在も沖縄は経済、学力、体力、あらゆる面でまだ劣る。五輪をきっかけに指導者が育ち、沖縄の未来を率いるようなリーダーが誕生してほしい」と願う。

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