熊楠の手紙見つかる イベントで一般公開

南方熊楠が知人に書いた手紙と、その知人から譲り受けたハマグリの化石。風邪薬の袋に入っていた(白浜町の南方熊楠記念館で)
南方熊楠記念館(和歌山県白浜町)で、1913(大正2)年に熊楠が知人に宛てて書いた手紙が見つかった。この知人が所有する化石を譲ってほしいと依頼する内容で、ユーモアを感じさせる表現もある。この化石は熊楠へ渡り、いまも記念館が保管している。
記念館学術スタッフの土永知子さん(59)は「見つけた時は驚いた」と振り返る。記念館は、手紙や化石を16日に町内で開かれる催しで初めて一般に公開する。
手紙(横23・5センチ、縦17・5センチ)は13年6月7日付で、知人の﨑下孫七氏に宛てたもの。﨑下氏の自宅は熊楠邸(現在の田辺市中屋敷町)近くにあり、熊楠の使いの女性が手紙を持って訪ね、見せたとみられる。熊楠は46歳、﨑下氏は20代後半だった。
熊楠は手紙で、化石を譲ってくれれば「お礼として、すし、鶏、魚や酒席」を用意するとした一方で「ただ、いまはお金がないのでまた今度」という意味の文章を書いている。熊楠の手紙としては文字が大きく、ルビを振った漢字もあって読みやすい。
熊楠の日記によれば、熊楠は前日の6日深夜に銭湯で﨑下氏と会っている。日記には﨑下氏らから「色々の俗伝きく」との記述がある。土永さんによると、ここで化石の話題が出たとみられる。
﨑下氏は手紙を読み、風邪薬の袋に化石を入れ、使いの女性に預けた。女性は熊楠邸へ帰る途中、熊楠の別の知人に会い、その知人が化石を割ったところ、小さなハマグリの化石2個が出てきた。熊楠はこうした出来事を7日付の日記に書いている。
土永さんが手紙を見つけたのは3月上旬。記念館の収蔵庫を整理していたところ、熊楠の鉱物標本の空き箱に入っていた。日記の日付などから13年の出来事と気付き、残っている化石や薬の袋も分かったという。
土永さんは「年の離れた青年と銭湯で会話したり、手紙に冗談と取れる表現もしたりしているのは熊楠らしいのではないか。細かいことも書き、残したからこそ(手紙や化石のやりとりが)分かったというのは面白い」と話す。
手紙や化石は、16日午前10時~午後3時半に白浜会館で開かれる「南紀熊野ジオパークフェスタ」で展示する。この催し以降、手紙は記念館でも展示する予定。
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