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きょう「痛恨の日」 71年前、米軍政下の奄美 奮起して運動の原動力へ

講和条約発効に抗議した郡民大会の様子を伝える1952年4月29日付の本紙

 1952(昭和27)年4月のサンフランシスコ講和条約発効から、28日で71年となる。太平洋戦争の終戦後連合国軍の占領下にあった日本は条約発効によって主権を回復したが、46年2月2日に日本から行政分離された奄美や沖縄、小笠原諸島はその後も米軍の統治下に置かれ、母国と切り離された状態が続いた。奄美ではこの日を「痛恨の日」、沖縄では「屈辱の日」と表現する。奄美の日本復帰運動に詳しい「泉芳朗先生を偲(しの)ぶ会」会長の楠田哲久さん(75)=鹿児島県奄美市名瀬=は「奄美にとってはつらいニュースだったが、復帰のリーダーだった泉芳朗は反骨の人。島民と共に一丸となって一層奮起したのではないか」と語る。

 復帰運動の母体である奄美大島日本復帰協議会(復協)は、52年4月28日の午後8時、名瀬小学校で「祖国独立記念復帰促進郡民大会」を開いた。詰め掛けた市民約6千人は日本の独立を祝いながらも、奄美が母国から切り離されたままの状態が続くことを悲しみ、憤りと抗議の声を上げた。

 大会では「奄美同胞20余万住民にとっては心からの喜びとはなり得ない。痛恨の極みである。講和条約第三条の撤廃を世界に宣言し、一致団結、初期の目的達成の日まで勇猛果敢に奮闘を続ける」との決議がなされた。

 同年6月6日付の南海日日新聞社説によると、島外在住出身者で組織する奄美連合復帰対策委員会本部が5月28日に東京新橋駅前で開いた全国奄美同胞総決起大会の中で、講和条約発効の4月28日を「痛恨の日」と定めている。

 楠田さんは、復帰運動が島の内側と外側で呼応しながら進んでいったことに注目。「復協のリーダーだった泉芳朗や奄美の島民は『痛恨の日』を原動力に、さらに奮起して運動を進めたと言える」と語り、日本復帰記念の日である12月25日だけではなく、復帰に至るまでの出来事を時系列的に学ぶことで復帰運動への理解が深まると話した。

 奄美群島は今年、復帰70年の節目を迎え、次世代への記憶の継承が課題となっている。児童生徒や教育関係者への講演などを行っている楠田さんは、「復帰運動はそもそも、国同士の国境問題から始まっている。現代の私たちが奄美の歴史から学ぶことは多いのではないか」と語り、住民の関心の高まりを期待している。

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