写真中央が旧御射山神社の社叢。周囲の斜面には人工の階段状地形が今も残っている

２０２０年はいよいよ東京五輪。世界的なスポーツの祭典は古代ギリシャのオリンピア地方で神々をあがめた体育や芸術の競技祭が起源とされるが、諏訪市郊外の霧ケ峰高原には諏訪明神信仰の祭祀（さいし）遺跡「旧御射山（もとみさやま）遺跡」がある。鎌倉時代には幕府の保護を受け、諸国の武将を集めて狩猟や競技を行い、神前に奉納する全国規模の祭典を繰り広げた。１９６４（昭和３９）年の東京五輪では、旧御射山の広場を囲む階段状地形が「日本のオリンピア」「日本最古の競技場」などと言われて注目を集めており、地元関係者は「旧御射山に再び光が当たれば」と願っている。

旧御射山は諏訪明神信仰の要地で、江戸時代初期まで諏訪神社下社の御射山祭が行われていた。鎌倉・室町時代は階段状に残る土壇に、神官や武将らがススキで作った穂屋を並べて５日間こもり、農作物の豊作を祈願。武将たちは小笠懸や草鹿（くさじし）、相撲などの競技を盛大に行い、武神としての諏訪明神の信仰が確立したとされる。

旧御射山では現在、旧御射山神社の例祭が毎年８月２７日に行われる。今でこそ参列者は５０～１００人だが、室町時代の勅撰歌集「玉葉和歌集」に「尾花ふく穂屋のめぐりのひとむらに　しばし里あり秋の御射山」（下社大祝・金刺盛久）と歌われるほどのにぎわいを見せた。

２０１８年の例祭では、中世の御射山祭で行われていたとされる草製の鹿人形を弓矢で射る「草鹿」が再現された。同神社の宮坂清宮司（６９）は「狩猟という古いものを残す諏訪信仰の原点がここにある。中世のにぎやかさの一端に触れて当時をしのんでもらえたら」と話す。

地権者の上桑原牧野農業協同組合も同年、階段状の土壇など一帯の草刈りを数十年ぶりに行った。作業には小和田牧野、下桑原牧野をはじめ、県諏訪地域振興局の職員も参加。遺跡の歴史的価値を守り高める活動が続く。上桑原牧野の伊藤洸一組合長（７３）は「旧御射山は太古の昔に大事な神事が行われていた場所。大切に守っていきたい。東京五輪を機に再び光が当たり、大勢の人にお参りに来ていただけたら」と願っている。

１９７８年１０月のやまびこ国体開幕前には、県知事や県内１０圏域の代表者が参集し、炬（きょ）火の採火式が行われるなど、旧御射山は日本体育史の節目に何度も登場してきた。５６年ぶりとなる東京五輪は７～８月に行われる。旧御射山を取り上げた行事は今のところ計画されていないようだ。

◇旧御射山遺跡

旧御射山遺跡は標高１６５０メートル、八島ケ原湿原の南側にある中世の祭祀遺跡で、１９６２年７月に県史跡に指定された。諏訪神社下社の大祝（おおほうり）金刺（かなざし）氏の禁猟地だった場所で、御射山社は江戸時代初期に下社秋宮近くに移された。旧御射山に再び光が当たったのは４０～６０年代。霧ケ峰開発を手掛けた上田貢氏の測量や、金井典美氏を中心とする早大研究チームと郷土史家の藤森栄一氏らによる発掘調査で階段状地形が人工的に造成されたものと分かると、マスコミが大々的に報じた。「古代競技場跡」説が浮上し、東京五輪に向けて観光ＰＲを求める声も高まったが、諏訪市教育委員会は６４年９月、郷土史家６氏の意見を聞いて「古代競技場の跡というより狩猟を兼ねた祭祀場の遺跡」とする見解をまとめた。ギリシャとの関係性は「ない」（市教委）という。諏訪大社上社、下社では今もそれぞれの御射山社で御射山社祭が行われている。